日本は幼稚園から論理的な考え方を、中学校からは経済と投資を教えなさい!

最近の消費税と法人税についての話、メディアの論調ってびっくりするくらいレベルが低くありません?全然論理性がない!

まず消費税の話です。メディアでさかんに「国民負担が…」とか言ってるんですけど、そもそも誰の年金?誰の医療保険?誰の社会保険?誰のインフラ?誰の教育?いま恩恵を受けている人たちは、実質的に財源を次の世代から「借りて」いて、このままじゃ間違いなく子供の世代まで続かない!消費税のいいところは、「弱い人達をサポートする」ための財源を世代マッチさせることができる、ってことです。北欧なんかはみんなこの考え方なんですね。いま借り過ぎなのを解決しなくちゃいけないからいま消費税を増やすわけで、それを国民負担どうのこうのって・・・、じゃ誰の負担にして欲しいの?神様ですか?

で、こんどは法人税。こないだ某投信会社の代表が、なんとかチャンネルの経済番組に出てて、「法人税を下げると同時に国民負担を増やすというのはいかがなものか」とか発言してるんです。一応投資家なんですよね、彼も。これって「会社対人」の道徳とか倫理の試合じゃないんですけどね。

法人税を下げて企業の利益が増えると株価は上がりますね。株が上がったら企業は資金調達しやすくなります。だから拡大のチャンスが生まれます。それにキャピタルゲインが増えるんで投資家も活気が出てきます。もちろん配当も増えるんで、配当にかかる税金も増えますね!さらに賞与も増えますから、世の中明るくなります。消費にもプラス!マルチプライヤー効果っていうのがあるわけで、それを全く忘れて議論するっていうのこそ「いかがなもの」でしょう?

あと、「企業の利益が増えたって投資に回さないでお金を貯めるだけじゃないか」っていう指摘もありますけど、それもスティール・パートナーズみたいなアクティビストを呼んだら、どこも貯めなくなりますよ、アメリカみたいに!

「消費税と法人税」って道徳の話じゃないんです。でもね、この国が破産したらそれは道徳の問題になるんですよ!通貨の価値が全くなくなったりとか、最悪のシナリオを考えなきゃいけない。だから、「真面目な議論」をやりましょうよ!その前に最近のメディアを見てて「日本は幼稚園から論理的な考え方を、中学校からは経済と投資を教えなさい!」って思うんですけどね!

「はだしのゲン」は平和になった世の中からつまみ出されるのか?

「はだしのゲン」をある市の教育委員会が図書館に閉架措置を求めた、というニュースがありましたね。人の首をはねるとか描写が残酷な部分があって、それを問題にしているようなんですけど、一方で戦争や原爆の悲惨さを伝える作品を子供の目に触れさせないようにする、という決定に対して批判もたくさん出ていて、騒動になってます。

いま、「The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined」っていう、めちゃめちゃ面白いアメリカの本を読んでて、この本は暴力のトレンドが変化している、世の中から暴力がなくなっていってる、っていう内容なんです。この本によれば暴力、例えば殺人の発生率なんかは世界的に下がってて、世の中すごく安全になってるんですよね。そう、どんな国でもね。しかもこれ100年とか200年かけてずっと続いてる流れなんですよ。

中世のヨーロッパで、人が死刑にされるとか拷問されるのを見物する、というのはいまの日本のバラエティ番組に相当するような娯楽でした。みんなで集まって、これからライブ見に行く!みたいな感じだったんですね。こんなふうに暴力を捉えるということが長い間続いてたんですよね。

「はだしのゲン」の騒動については、戦争を忘れるとか忘れないとかじゃなくて、世の中が平和になってきているってことが背景にあるんだ、と思います。そんなに遠くない昔には結構一般的だった「暴力」がどんどん減っていってもはや一般的じゃなくなってしまったんです。これは世界のトレンドでもあります。

だから「はだしのゲン」の暴力描写が時間の経過とともに「例外的なもの」として映るようになってしまったんですね。そして子どもたちが「はだしのゲン」のリアルな描写をみて、間違った理解をしやしないか、ってことが心配されるようになってしまったんです。このあたり、「ビデオゲームに影響を受けて人を殺すのか」っていう議論と同じ話ですね。

でも僕は「はだしのゲン」が伝えてくれることは絶対忘れちゃダメだって思いますけどね。

もう鎖国はできない!
資本主義の大前提にたちかえろう!

何度も引き合いに出しますが、利益率の低い日本の大企業の話で、もっと高い利益率であるべきということはわかってるんだけど、それを解決するのに3年も5年もかかっちゃう。でもそれは企業がそうしようと決めているからであって、つまりそういうやり方をチョイスしているんです。

逆にとにかくリターンを追求するっていうチョイスもありますね。以前のGEみたいにトップ2位までじゃないと捨てる、成長率2割じゃなければいらない、ROIも2割じゃなければいらない、とか。これもまた企業のチョイス。

資本主義にはいくつかの大前提があって、その一つが「経済的な豊かさを最大化したい」っていうことです。この前提を捨てると資本主義の理論が成り立たなくなります。逆にこの前提を認めたら、リターンを最大化する、っていうことが自動的に結論になります。より儲かることを、より儲からないことよりも優先する、っていうのはそのための合理的な行動で、これはまさにアメリカの単純明快な資本主義ですね。

この大前提を変えるようなことをしちゃうと、もう資本主義じゃない。成功しない可能性が高くなるんですよ。アメリカ人は成功している資本主義をやろうとしているんです。日本ではよく、「アメリカは利益の追求ばっかり!」ってぼやきます。そして「それじゃ人に優しくない、こういうのもあるね」って。でも、そうは言っても、日本以外では「だけどそれ資本主義じゃないじゃん」ってことになりますし、そのやり方じゃルールもはっきりしないし、そもそも成功するのか疑わしいですね。

現代は経済的に戦争の真っ最中なんですよ!世界戦争!他の国々が大前提に忠実な資本主義、つまりリターンの最大化を追求している中で、「いやうちは伝統文化が違うし、資本主義もよそとちょっと違うパターンを取りたい。だからいいんですよ、このままで。」なんて言ってたら負けちゃう。もう江戸時代みたいに鎖国なんてできないんですよ!

だから最終的な結論として、いまは痛くも痒くもないかもしれないけど、すぐに転換しなくちゃ!チョイスなんてないんですよ!違う意味とか違う真実を探るとかあいまいな議論、宗教的な議論をするよりも、このことを認めてリターンを最大化しましょうよ!まだ遅くないと思うんだけど、いずれ時間切れになりますよ!

ちょっと宗教っぽい?日本の資本主義

アメリカの資本主義は単純明快で「資本主義イコール利益追求」です。利益を最大化する、というのがすべての人達の目標で、これは社会的に善だ、と学校で教えます。あの人より稼ぐ、人を雇うほど稼ぐ、仕事しなくていいほど稼ぐ、いっぱい稼いだらそれを寄付する、そして名前を大学の建物に刻む、みたいな感じ。

日本の資本主義も利益は追求するんだけど、アメリカのように単純明快じゃなくて、面白いことに企業が社会的意味とか、精神的、哲学的な意味を探るんですよ。企業理念とかステークホルダーとか!「私たちは何のために会社を、事業をしているのか」とか「会社は誰のものか」とかね。

アメリカの場合は全くそうじゃないです。「利益の最大化のため」という目標のもとで理念なんか議論の余地がない!「誰のもの」ってもちろんオーナーでしょ、株主でしょ、それ以外の人は雇われてるだけだし!って感じです。

日本は戦後に非常に貧乏な、何もない状態から「元に戻ろう」とか「世界に認められよう」というモチベーションを持っていて、それが成長のドライビングフォースでした。結果として雇用も利益もついて来ました。いまは成功して大きな経済になっているから、戦後モデルのドライビングフォースはなくなってます。そして次の大きな目標はなかなか作れてない。「すべての人々を幸せにしよう」っていう理念はカッコいいんですけど目標にはならないんですよ。資本主義の本にもそういうことは書いてません!だから全体のエネルギーが下がった、と思うんですよね

「人を幸せに」とか言うと、豊かな社会!みたいな議論になりますけど、豊かさっていうのはお金だけじゃないですよね。だからそれを目標にすると曖昧になっちゃう。例えばよりよい製品を作るとして、それが儲かる製品なのか、利益を最大化できるのか、ってことです。ここがズレちゃうと低リターンの環境に陥りやすいんです。

そもそも幸せというのは資本主義の管轄じゃなくて宗教の管轄なんじゃない?日本は唯一の、共通の神様っていうのがいないから、全部ごちゃ混ぜになってません?幸せも事業も同じなんてわけがわからなくなっちゃう!利益もあって幸せもあって社員の保護もあって、そのためにこの事業はいまは儲からないんだけど10年後儲かるかもしれないから続けるね、なんて!

Why not文化とWhy文化
~ムラ社会が残る日本企業~

前に「日本としがらみ~企業編~」という記事を書きました。あの記事で登場した「利益率が低い」大手企業はなぜドラスティックに手を打てないのか?っていうことについて「文化」の面から考えてみましょう。

日米の国民性というか文化をひとことで比較すると、ズバリ「アメリカはWhy not文化、日本はWhy文化」となります!要するにアメリカは「やってみればいいじゃん」っていう文化で日本は「何のためにやるの?」っていう文化なんです。

日本は「ムラ社会」が土台にあって、すごく保守的なんですよね。誰がいつから始めたのかわからないけど、うまくいっていることは繰り返しやる、だけど村の中でだれかが新しいことをしたり言ったりすると「何のために?いままでずっとうまくいってるのに」といって抵抗する。これがムラ社会の文化なんです。この文化、だいたいの場合うまく機能しちゃうので、変化がすごく遅いんです。

一方アメリカは移民の国ということもあってか、日本と真逆です。日本がWhyならその逆のWhy not!「何があるかよくわからないけど、あそこにいこうよ、あれをやってみようよ」と変化を求めます。これが日本では「こうしたら面白いかもしれないけど、誰もやってないからやっぱりやめよう」となります。こういうのが日米それぞれのものの考え方の大前提なんです。

ただし、Why文化の日本でも変わるときはドラスティックに変わるんです!変わらなきゃいけないね、っていうはっきりした、逃げられない状態にあれば非常に変化は早いんです。そんなことを昔から村の人達はやってきました。

ここでようやく利益率のお話。利益率が低いのは問題なんですけど、「逃げられない状態」じゃないですね。ゆっくり競争力が落ちるっていう問題であって、そういう問題に対しては、Why文化だとなかなか解決しないんです。

逆に、比較的利益率が低いものを捨てたり売ったりリストラしたりっていうのは、痛みがすぐ伝わりますね。だから変えにくいんです。長期的に見て低リターンはすごくネガティブな問題だけど、それに対して何か手を打つとすぐに直接的なネガティブ効果がでちゃいます。例えばリストラで人が困るとか…。だからWhy文化のもとではそれをしないんです。まさに「いままでずっとうまくいってるのに、なんで?」ってことです!

オリンピック開催に期待!でも大丈夫か?

今回はちょっとヤバめの話になるかもしれません…。

トルコの原子力発電所の案件を日本企業が受注した、というニュースを見て思ったんですよ。「日本はトルコにオリンピックの開催を譲ったんじゃないかな」って。新聞の見出しを見たとき、「ああ、これで日本のオリンピックはないな」って瞬間的に反応してしまいました。

この案件には日本の他に韓国、中国、カナダが参加してたんです。韓国はUAEの原子力発電所の案件を安値で受注していますし、中国にしてもアフリカ諸国での振る舞いを見れば、おそらく受注に向けてあらゆる手段を使っていたんじゃないでしょうか?地震の多いトルコで「日本は地震に対処する経験とノウハウがある」ということが評価された、といわれてますけど、強敵が揃っていたのに、それでも日本に決まった、というので、ちょっとはオリンピックの話も絡んだんじゃないかな、って思ったんですね。

原発受注のためにムニャムニャ・・・から離れて考えてみると、トルコは最近暴動があったりして政情不安なところもありますから、もしかしたらオリンピックは日本での開催になるのかも?ってちょっとは期待できますよね。そうなれば、ひょっとして日本は面白く盛り上がるかも?とか、もしかして明るくなるかも?とか、そしてついには「もしかして英語を勉強するかも?」なんてことを考えてみたり。なぜ英語なのか?というと、「オリンピックがあれば外人がいっぱい日本に来るから英語を勉強しなくちゃ!」っていう流れになるでしょうし、国としてもプログラムなんかを作るのかもしれません。それと、もちろん公共のインフラもキレイに、というかモダンになりますね。

日本でオリンピック開催が決まれば、こういう面白そうな、明るくなりそうな話がどんどん出てくると思うんですが、じゃあそれが現在の株価に織り込まれているか?というと、まだまだ織り込まれてないでしょう。ということで皆さん、「オリンピック日本開催」に期待しましょう!

・・・でも、トルコの原子力の話はやっぱりちょっと気になりますけどね。

麻生さん、消費税上げに賛成します。一緒に法人税も下げてね。

故郷エストニアは日本に比べると貧乏な国で、平均給与は12万円くらい、年収にして150万円から200万円というところです。それで主要なモノは全部輸入品なんですよ。岩手県くらいのサイズの国で、肉とかパンとか乳製品とかは自前で調達できるんだけど、それ以外はもう全部輸入に頼ってます。

そんなエストニアですが、消費税は20%なんですね。ヨーロッパの国々はみんな15%以上の消費税になってますが、誰も文句は言わない!なぜならそれが「当たり前」だと思ってるからです。

日本ではいま「いやー3%も上がるのか」なんて言ってますけど、これって平均的なサラリーマンの家庭では、お父さんがパチンコとかキャバクラ通いをやめたらどうにかなるくらいの話じゃないでしょうか?もうちょっとマジメに言えば、過剰包装をやめて安くするとか、冷凍食品をもっと食べて食費を安上がりにするとか…。

だから消費税を上げることについては賛成ですね。そう、麻生さんに賛成。いまのところ国民のセンチメントがまだ弱いんで、「経済がよくなって給与が上がるまで1年間くらいは待ちますよ」っていうくらいのプレゼントがあればベストかなと思います。

そして、もう一つリクエストがあって、それは「一気にやれよな」ってことです。

新聞なんかで、「国民はいつか消費税が20%になるんじゃないか、って心配している」みたいなことが書かれてますけど、「誰かが立って真実を言いなさい!」と思います。20%にならないと、この国は破産します!年金も減る、医療負担も増える。計算したらそうなるのに!

だから最初からやりましょうよ。エストニアを見ればどうなるかわかりますよ。ちゃんとうまく回ってます。ちなみにエストニアは法人税がゼロ。それで回るんです。で、前回書いたように日本の税収への法人税の貢献というのはビリ。だったら法人税を下げる下げないという話はバカらしいですよ。日本の弱いところ、どこで一番負けているかというと、ズバリ官僚主義!つまりプロセスが全部遅い、規制が厳しすぎる、そして法人税が高い。

企業の利益が増えたら給料を上げられるしボーナスだってたくさん払えるんですよ!そうなるとマインドも良くなりますしね。集団的自衛権なんかで中国人なんかをめっちゃ怒らせてまで憲法を変えようとしていることを思えば、法人税の下げなんて全然やれるでしょ!「本気の経済政策」として国民にきっちりと理解を求めればいいんです。